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岐阜地方裁判所 昭和33年(行)2号 判決 1959年11月30日

原告 伊藤繁一

被告 中津川税務署長

訴訟代理人 林倫正 外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は「被告が昭和三十一年五月三十一日、原告の同年度分所得税額を金一万千十円及び無申告加算税額を金二千二百円と決定した課税処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人等は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張並びに認否

(原告の主張)

一、被告は昭和三十一年五月三十一日、原告が同年度分として納入すべき所得税額を金一万千十円及び無申告加算税額を金二千二百円とする旨の課税決定をなし、同年六月二日右決定は原告に送達せられた。

二、しかしながら、右課税処分には左記のとおり重大な瑕疵があるから無効である。即ち

(一) 原告方は水田六反歩(うち小作地二反一畝)、畑二反六畝(うち小作地三畝)の耕作、収繭年間十一貫の養蚕及び役牛一頭を飼育する農業を経営し、昭和三十一年度における所得は合計金八万九千三百五十六円であるが、原告自身は岩村郵便局に外務員として勤務する給与所得者であるため、右農業は専ら、原告の長男登志夫において従事し、原告及びその余の家族はすべて補助的に従事していたにすぎないから、当該所得に対する納税義務者は原告ではなく登志夫でなければならないのに、被告の前記処分は右所得がすべて原告に帰属するものとの前提に立つてなされているから無効といわねばならない。附言するに、所得税法第三条の二によれば、所得の帰属は法律上の名義や形式にとらわれないで、実質的に何人がその所得を享受したかによつて定められねばならないが、原告方の農業経営による実質所得なるものは民法第三百二十四条によりその家族構成員のこれに対する就労の程度によつてその帰属が定まるところ、その詳細は別表記載の通り、原告の農業所得は僅かに金七千三百八十三円であるのに、他方登志夫は金四万八千九百四十六円であるが、更に、所得税法第十一条によれば、同一事業から生ずる同居の親族の所得はすべて一人の納税義務者の所得として課税されるものであるから、原告方にあつては最も所得の多い登志夫が該所得全部につき納税義務者となり、原告及びその余の家族は納税義務を負担しないのである。又農業所得の帰属は何人が農業の経営者であるかによつて定まるものとする。昭和三十三年二月七日付国税庁長官通達「生計を一にしている親族間における農業の経営者の判定について」によれば、主たる職業に専念しているため、その農業経営を主宰していないと認められる場合は他の家族の経営と認めねばならないのであるが、原告方の場合はまさに原告以外の家族すなわち登志夫がその経営者であつて、原告は経営者ではない。

(二) 本件課税処分の通知書には単に調査の結果決定するとあるのみで、如何なる事実を調査したか又該処分を正当とする事実の説明が記載されてなく、かつ、被告は何ら実体的な所得調査をしていないのにかゝわらず所得の帰属又は納税義務者の判定をしたものであるが、税務署長たる被告にはかような事項を判定しうる法的根拠はないから、本件処分はその点においても無効である。

以上の通り、被告の前記決定処分の瑕疵は重大かつ明白であるから、該処分は無効というべく、これが確認を求めるため本訴請求に及んだ。

(被告の認否並びに主張)

原告の主張事実中、被告が原告主張の日にその主張のような課税処分をしたこと、昭和三十一年中原告が岩村郵便局に外務員として勤務し、給与所得を得ていたこと、原告方にその主張のような農業経営があり、同年度における農業所得がその主張のような額であること、該所得が原告に帰属するものとして右処分がなされていること、原告方の家族の続柄、氏名、年令が別紙記載のとおりであること(但し妹はるゑを除く)はいずれも認めるが、その余の事実は争う。

一、農業所得に対する課税処分をするについて、その所得が何人に帰属するかは何人が主としてそのために勤労したかの問題ではなく、何人の収支計算の下において行われたかの問題であるところ、原告は昭和三十一年度中岩村郵便局に勤務していて、事実上農業に従事する時間は著しく制限されていたけれども、原告は原告方の世帯主であり、その生計主宰者たる責任と地位とにおいて農業についてもその一切の責任を負つてこれを経営していたもので、現に原告は以前から岩村町本郷農業協同組合に組合員として加入し、その出資は原告名義をもつてなされ、右組合を利用するについても肥料の購入及び預金の出し入れ等は原告自ら組合に出向いて取引を行い、又作付計画や施肥の方法につき、その家族達に指示を与え、農繁期の雇入の雇入れ並びにその賃金の支払等自らこれを担当処理していた。他方、原告の長男登志夫は昭和三十一年度においては高等学校を卒業したばかりの未成年者で、社会的経験も浅く、たとえ同人において実際に田畑の耕作に従事したとはいえ、たゞちに同人を農業経営の主体とみることはできない。してみれば原告方の農業経営の実情は原告自らその経営を主宰し原告の計算において経営していたものであるから経営の主体は原告であり当該農業経営に基き生じた所得が原告に帰属することは当然である。

二、本件課税処分は原告の無申告に対する処分であるから所得税法第四十四条第四項に基きなされたものである。即ちこれは青色申告書について更正をする場合と異つて、その決定には調査内容その他理由の附記を要せず、又該決定のために納税者宅に臨戸して帳簿書類を調査することは必ずしも必要でない。加うるに本件の場合は過去において原告方の農業所得の帰属の判定につき昭和二十九年度及び同三十年度分所得税の課税に対し原告から訴を提起されたので、その際既に原告方の農業経営の実体が充分に調査されている上、更に本件処分自体のためにも側面的な資料調書を遂げかつこれまでの課税経過等を検討して本件課税処分をしたのであるから原告の本訴請求は失当である。

第三、立証<省略>

理由

被告が昭和三十一年五月三十一日、原告の同年度分の所得税を金一万千十円、無申告加算税額を金二千二百円と決定したこと、原告方には水田六反歩、畑二反歩六畝、養蚕繭十一貫、役牛一頭の農業を経営し、該経営により生じた同年度分所得金八万九千三百五十六円につき、これが原告に帰属する所得であるとして右決定がなされていること、しかし、同年中原告は岩村郵便局に外務員として勤務していたことは当事者間に争いがない。

一、所得の帰属が法律上の名義や形式にとらわれず実質的に何人がその所得を享受したかによつて定められるべきことは、それが実質課税の原則を意味する限りでは全く原告主張の通りであるが、成立に争いのない乙第一号証、同第二号証の一ないし四、同第三号証によると、原告方において耕作する農地中、自作地は大半が原告の一部は原告の母とよの各所有に属し、小作地はすべて原告が賃借し、以上の農地全部の耕作権者はいずれも原告であること、又農業経営者の団体として近時極めて重要な使命を果している農業協同組合には原告自ら加入し、同組合より売渡される農業用肥料は常に原告宛に売渡されていること、岩村町農地委員会委員選挙人名簿には原告が登載せられているが登志夫は登載されていないことが認められ、又原告家の家族の人数、年令が別表記載の通りであることは(原告の妹はるゑが家族構成員か否かの点を除く)当事者間に争がないので、この事実と成立に争のない甲第五号証乙第四号証及び同第八号証並びに証人伊藤登志夫の証言の一部を綜合すれば原告の長男登志夫は昭和三十一年中、原告方の家族中もつとも多く農業の労務に従事していたものゝ、未だ未成年者で自らの計算において独立して農業を経営するに足る知識、経験及び能力は充分でなかつたが、他方原告は原告方の世帯主で、その家族員に対する監督並びに家庭生活全般に対する統轄をすべき責任ある地位にあつて、経済面にあつても原告方の生計の主宰者であつたこと、かゝる生計の主宰者たる地位に基いて、自己は郵便局に勤務しているため実際には農業の労務に従事する日数は極めて少なかつたが、なお勤務の余暇を利用してその労務にたずさわり、施肥及び作付計画についても家庭の内外にあつて相談又は協議に参加していたことが認められる。

尤も、甲第二号証及び乙第一号証にはよれば同年中登志夫は農業生産組合の組合員であり、又農業協同組合の産米売渡申込人、産米販売代金受取人並びに同組合の普通預金者の名義人となつているが、農業生産組合は主として営農の技術面における助成を目的とする組合であるため、現に労務に従事していた登志夫において便宜上加入していたものであり、又その余の登志夫名義の取引はその前年度まで原告名義であつたものを本訴維持のため登志夫名義に変更したものと推認せられ(原告が昭和二十九年度分の所得の帰属につき、それが妹はるえに帰属するものと主張して本訴と同種の訴を提起し、これに敗訴したことは当裁判所に顕著である)、かゝる名義こそまさに実質を伴わない形式といわねばならないから、右事実は前記認定事実を覆えするに足りなく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実に基けば、原告は昭和三十一年中、原告方における農業の全般につき、名実共にこれを主宰しその収益を享受しうる権利を有したことはもちろん、現実に農業に関する収支計算の主体としてその経営を担当していたものと認められるから、当該所得は原告に帰属するものといわねばならない。

なお、所得税法第三条の二にいう実質所得の帰属は原告の援用する民法第三百二十四条には関係がなく、又原告の援用する国税庁長官の通達にはなるほど原告主張のような趣旨も含まれているが通達全部を通覧すれば前記認定の事実関係の下においては原告の主張は採用できない。

二、次に本件課税処分の手続面に関する瑕疵の有無につきみるに、本件の場合は原告の無申告に対する所得税額及び無申告加算税額の処分であるから、その通知に理由又は説明を附記することは法律上要求せられていないところであり、又客観的に存在する一定の所得額につき、該所得が誰に帰属するかを判定することはつまりはその者の所得額を決定することに他ならないので、被告において所得額を決定する権限がある以上は所得の帰属をも判定する権限をも有することは自明の理であり、又該所得が原告に帰属する以上は法律上当然に原告が納税義務者となるのである。又成立に争のない乙第七号証の一、二及び証人早川孝正、同寺田保太郎の各証言によれば、被告は右決定をなす際、原告の所属する本郷農業協同組合に原告の農業所得の細目につき反別照会をなし、その回答に基き、かつ該所得が原告又は登志夫のいずれに帰属するかについては過去に原告が提起した本件と同種の訴訟が係属中に充分調査を遂げてあつたのでその結果を検討した上本件課税処分をしたことが認められるから、該処分は調査を欠いたものといえない。以上の点に反する原告の主張はいずれも採用することができない。

以上の通りであるから、原告の本件課税処分に対する無効原因の主張はいずれも採用できず、その存在することを前提とする本訴請求は理由がないからこれを棄却することにし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 村本晃 林田益太郎 谷清次)

(別表)

続柄

氏名

年令

従業日数

成人男子を一として対比

差引成人被換算日数

実質所得額

原告

伊藤繁一

(才)

四九

(日)

三〇

(人)

一・〇

(日)

三〇

(円)

七、三八三

〃とよ

七五

三〇

〇・五

一五

三、六九一

三女

〃澄子

二一

一〇〇

〇・八

八〇

一九、六九〇

長男

〃登志夫

一九

二二〇

〇・九

一九八

四八、九四六

次男

〃行雄

一八

三〇

〇・八

二四

五、九〇八

〃はるえ

三五

二〇

〇・八

一六

三、九三八

以上

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